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東京高等裁判所 昭和53年(ラ)936号 決定

抗告人

後藤麟也

主文

原決定を取り消す。

本件競落はこれを許さない。

理由

抗告人は、「原決定を取り消す。」との裁判を求め、抗告理由は、別紙即時抗告申立理由書のとおりである。

そこで、審案するに、本件記録中の浦和地方裁判所執行官斉藤豊作成の昭和五三年八月一五日作成の競売期日に関する不動産競売調書、同年九月一八日付同裁判所執行官監督補佐官田口良三及び右斉藤執行官の作成にかかる「不動産競売手続期日における手続経過報告」によれば、次の事実が認められる。

本件競売は昭和五三年八月一五日午前一〇時浦和地方裁判所不動産競売場において、同庁執行官斉藤豊の主宰、同鈴木正元の介添のもとで開始され、同島野久則、同丸山昭造、同堀江正則らが競売保証金の計算確認、預り事務を分担した。そして、同庁民事主席書記官田口良三、同民事次席書記官小堀七郎、同民事訟廷管理官渡辺久夫が、いずれも監督補佐官として臨場した。当時、同競売場には事件関係人等約六〇名が参集した。斉藤執行官は、午前一〇時に競売手続の開始宣言、執行記録の閲覧開始、全事件の呼上げ、競売申出の催告等所定の手続を行つた。午前一一時同執行官は記録閲覧終了の旨を告知し、引き続いて、参集者に対し、競買申出に当り遵守すべき事項として、「競買申出をする者は競り台の前に出て発言すること、申出価額の一割に相当する額の保証金を提出すること」を告げたうえで、午前一一時五分競りの開始を宣言した。そして、斉藤執行官は、原決定添付の本件競売物件の表示を読み進み、以上の物件を一括して、その最低競売価額を二、一〇六万円と呼上げ、ひと呼吸間を置いて「二、一〇六万円………ありませんか………ありませんか」と告げ、またひと呼吸おいて、呼上げようとしたところ、場内から「なあし」「ありません」等の声があがつた。そこで、同執行官は、いま一度、「ありませんか」と告げたところ、競り台から約1.3メートル、斉藤執行官の位置から約五メートル離れて着席していた本件競落人西武百貨信用販売株式会社代表者森本勇が「最低」といつて立ち上り、競り台に歩み寄りながら鞄から金包みを取り出した。その直後、私語が多くなり、場内がざわめきはじめた。斉藤執行官は、「ほかにおりませんね」といつて、ひと呼吸おき、森本に対し、その氏名を尋ね、同人の買受資格を確認したうえ、丸山執行官に保証金の確認、受領を促した。その頃、抗告人は斉藤執行官から、約8.9メートル離れた場内最後列に立つていたが、斉藤執行官に向けて発言し競買申出のそぶりを示した(抗告人の主張によれば、抗告人は「二、一〇八万円」と発声して競買申出をしたというのである。)。抗告人の右隣にいた渡辺監督補佐官は、抗告人の右発言の内容は聞きとれなかつたものの、競買申出のように感じたので、斉藤執行官に向けて、右手をあげ、「ここにもいますよ」と言つて合図をしたが、斉藤執行官及び同席した執行官は、右抗告人の発言及び渡辺補佐官の合図に気づかず、すでに前記森本の提出した保証金額の確認を行つていた。右渡辺監督補佐官及び同人の合図と発声を現認した田口、小堀両監督補佐官は、いずれも、右時点における抗告人の競り参加はすでに時機を逸しているものと判断して、斉藤執行官に対してなんらの措置を講じなかつた。その直後、抗告人は競り台に進み出て、斉藤執行官に対し、「まだ決まつていないじやないか」と詰め寄り、同執行官は「もう決まりました」と答え、さらに、抗告人が「最低価額の呼上げはまだ二回しかしていないし、最高価額競買人の呼上げもしていないではないか」と述べたのに対し、同執行官は「呼上げは三回した。あなたの競買申出は聞こえなかつた。最高価競買人は西武百貨さんとちやんと呼上げた。しかし、それが競落人たりうるかどうかは保証金額を確認し、受領するまではわからないではないか、競りは終りました」などと応酬した。右のやりとりの頃から場内はやや騒然としはじめ、また抗告人が今度は田口監督補佐官に対し、いろいろと質問するに及んだので、同監督補佐官は介添の鈴木執行官に対し、「場内がこれ以上騒がしくなつてはいけないから、爾後のことは法律上の手続によるよう告げて、本件はこれで打切り、次の手続を進行するように」と指示した。そこで、午後〇時三〇分斉藤執行官は、右監督補佐官の指示どおり関係者及び場内に静粛にするように告げ、最高価競買人である西武百貨販売株式会社の提出した保証金額を確認し、同会社名及び最高価競買価額の呼上げをしたうえで、本件競売の終局を告知した。

以上の事実が認められ、右認定に反する資料はない。右によれば、斉藤執行官は、「競買申出人は競り台の前に出て発言すること」を指示したのであるから、競売物件毎に、競りを始める前に予め競りに参加する意思のある者を競り台の前に参集させ、右参集者以外の競買の申出を許さない等適宜の措置を講ずべきであつたと考えられる。しかるに、斉藤執行官は、本件競買物件の競りを開始した際、競り台の前には誰も参集していないのに、競りを開始し、最低競売価額を二度呼び上げて、競りの参加の有無を場内に告げたところ、最前列に坐つていた西武百貨信用販売株式会社代表者森本勇が「最低」と言いながら立ち上り、競り台の前に進み出たのを競買の申出として取り上げ、しかも、その直後場内が騒然としているのに、「ほかにありませんね。」と場内に向つて発言し、直ちに、右森本を最高競買申出人として同人の提出にかかる保証金の確認手続に入つているのである。そのため、場内の関係者の中には競買申出の打切りの時期を必ずしも明確に認識することができず、その頃場内最後列にいた渡辺監督補佐官が抗告人の発言を覚知して、斉藤執行官に向つて右手を挙げ、「ここにもいますよ。」と合図するような状況にあつたことは前記のとおりである。

そもそも、競りが公正に行われるためには、競りがいつ開始し、いつ終局したかが客観的に明白でなければならないところ、本件においては、執行官において、競り台の前において競買の申出をするようにとの指示をしながら、右指示を徹底せず、かつ場内が騒然としたため、執行官がいつ競りの終了を判断して宣言をしたかが客観的に必ずしも判然としないことが認められる。したがつて、かような状況のもとにおいて、執行官が抗告人の競買の申出を時機に遅れたものとして採り上げないことは、抗告人において、競り台の前に出て発言しなかつた点に責められるべき点があるにしても、競りの公正を欠き違法というべきである。

よつて、本件競売手続は違法であるから原決定を取り消し、本件競売を許さないこととし、主文のとおり決定する。

(渡辺忠之 糟谷忠男 浅生重機)

即時抗告申立理由書〈省略〉

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